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2009年01月22日

横坂 の毎日つけることに意味のあるマケドニア王家の断絶

マケドニア王家の断絶にはこんな意味があったんですね。


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大王の家族は、ペルディッカスの死後アンティパトロスによってマケドニア本国に戻されていた。そのアンティパトロスの死後ポリュペルコンとカッサンドロスが対立したことは前述の通りだが、紀元前317年にポリュペルコンがペロポネソス半島へと遠征した留守にフィリッポス3世の妻エウリュディケがクーデタを起こしカッサンドロスと結んだ。これに対してポリュペルコンに同行していたオリュンピアスがマケドニアに戻り、クーデタを鎮めフィリッポス3世とエウリュディケ、及びその與党を粛清した。しかしペロポネソスからカッサンドロスが戻るとオリュンピアスは孤立し、翌紀元前316年にカッサンドロスに降伏、処刑された。これによって大王の子アレクサンドロス4世はその母ロクサネと共にカサンドロスの保護下に入ることになった。

カッサンドロスはその後大王の妹テッサロニケと結婚していたが、紀元前310年にロクサネとアレクサンドロス4世を暗殺した。いずれもマケドニア王位を狙っていたためと言われている。また零落していたポリュペルコンがアンティゴノスの支援を受けて大王の庶子ヘラクレスと共にマケドニア入りを目指していたが、カッサンドロスはポリュペルコンを説いてヘラクレスとその母を殺させた。これによって大王直系の人間が全員死亡しただけでなく、王位継承権を持つのはカッサンドロスのみという状況になった。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』